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羊文学「1999/人間だった」レビュー

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羊文学 / 1999/人間だった


特別な贈り物は素敵な包装紙に包まれているとより特別な感じがして嬉しい、単純なことかもしれないけれども嬉しい。


羊文学の生産限定シングル「1999/人間だった」は、2019年12月4日にリリースされたバンドからの少し早めのクリスマスプレゼントだった。


作品が手元に届いた時にその絵本のようなジャケットの素敵な仕様に思わずときめきのようなものを覚えた、それは子供の頃に"サンタさんから届いた"クリスマスプレゼントの包装紙のあの匂いを嗅いだ瞬間に訪れたドキドキした気持ちと同じものだった。同時にバンドのシングルCDという形式の媒体にこんな風にドキドキしたのはいつ以来の事だったろうかと過去の記憶と思い出に想いを巡らせた。実にノスタルジックな気持ちと温かさが胸いっぱいになる。


かつて「1999」という年は未来であった。世紀末であり、ノストラダムスの大予言などと言って世界は破滅するんじゃなかろうかとまで思っていた。また、様々なアーチストが「1999」をテーマとした曲を書いた。その大半が実に未来としての新しいものとしての「1999」だった。


ところがどうだろう、俺たちがいま生きている時代は「2020」だ、「1999」よりもずっと未来な筈なのに車は空を飛んでいない、人型ロボットが街を闊歩していない、そして何よりも世界は滅びそうなまま滅んではいない。すっかりと「1999」は過去となってしまった。あの未来であった、世紀末であった、もしかすればこの世の終わりだった「1999」は何処へと行ってしまったのだろうか。


羊文学の提示する「1999」は、過去となってしまったかつての世紀末と呼ばれたあの時代のクリスマスイブを、ノスタルジアと一匙のファンタジーで実に丁寧に優しく柔らかに紡いだような曲だ。かつての未来が過去となる過程で色褪せて行く様に、ノスタルジアを見出だし描く不変の着目点とセンスは、より"深化"したバンドと塩塚モエカの新たな一面ではなかろうか。


そして「そんなことをそんな声でそんな風に歌われてしまっては心がメチャクチャになってしまうよ」と言うほどに、塩塚モエカは時折何よりも純粋で残酷な解放感の果てに垣間見える優しさのアーチストであると俺は思っていて、カップリングの「人間だった」はそんな塩塚モエカの純粋さをより果てなき果てが広がる解放感の為に徹して費やしたような一曲に仕上げられている。そして果てなき果てのその先にある塩塚モエカの視線はやはり優しくどこか温かい。


残酷な世界と純粋に向き合うが為に残酷にならなくてはいけない時期が終わり、羊文学は塩塚モエカはその視線から残酷な世界すら優しく温かく見つめるという広大無辺な新たな視線を"深化"により手にした。それは"強さ"でもある。より優しく温かく柔らかく、羊文学は強くなった。



"1999"(MV)



"人間だった"(MV)


羊文学がその音楽で見せてくれる世界がある。その世界は無限に広く優しく心地良い、そんな羊文学に俺はロックバンドととして純粋に魅力的に感じる。羊文学は大好きなロックバンドだ。


(文:Dammit)