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いや、男が女々しくたっていい。Owen新作アルバム『THE AVALANCHE』レコメンド

2020年、コロナ渦巻く混沌とした6月、Owenの新作『THE AVALANCHE』が発表された。

 

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今回はそのレコメンド記事である。

 

2014年に再結成し、3度の来日を果たしたAmerican Football(本来なら今年4回目の来日を予定していたがコロナの影響で延期に…)。その首謀者、マイク・キンセラによるソロプロジェクトがOwenだ。

 

現在でも3枚しかアルバムを出していないアメフトと違い(それでも奇跡のようだが)、Owenは今回で10作目となる。

 

今回も前作の『The King Of Whys』と同様、ボン・イヴェールのドラマー、ショーン・キャリーを共同プロデューサーに迎え、サポートミュージシャン達も多くが前作から引き続きの参加(録音スタジオも一緒)。

 

『The King Of Whys』の続編とも言えるのではないだろうか。

 


Owen - Settled Down [OFFICIAL MUSIC VIDEO]

 

The King Of Whys』はOwenにとって原点回帰とも言える作品で、モダンフォークとバロックポップの双方の観点から高い評価を受けていたが、今回も大変な名作になってしまった。

 

まず特筆したいのは、2019年に発売されたアメフトの3枚目のアルバム『American Football(通称LP3)』との相互性だ。

 


American Football - Silhouettes [OFFICIAL MUSIC VIDEO]

 

『LP3』はアメフト作品の中でもアンビエント色が強く、「音の空間」や「無音部の空白」などにこだわり抜かれた作品となっている。

 

そういったマイク・キンセラのこだわりが今作『THE AVALANCHE』にも色濃く出ている。

 

また、『LP3』は使用された楽器の数も3作品の中で最も多く、Owenの『The King Of Whys』が影響をしているように思える。

 

上記について、Owenもアメフトも曲を作っているのはマイク・キンセラなのだから当たり前なのでは?と思うかもしれないが、それは違う。

 

Owenというプロジェクトはマイク・キンセラだけのものではないのだ。

 

Owenはマイクの近況や周りを取り巻く環境、自身のバンドなど様々な影響を反映させている。

 

たとえば1作目と2作目は実家のベットルームで作成された紛れもないソロ作品であるし、3作目は従兄弟のネイト・キンセラなどを迎え3ピース構成で制作され、Owenの中でもバンドに近いサウンドになっている。

 

そして9作目となった『The King Of Whys』ではショーン・キャリーがプロデュースしバックの音楽が洗練され、ストリングスやシンセなどを多く取り入れている。それが『LP3』でも活かされているのだ。

 

そして、今作『THE AVALANCHE』もそういったマイクの心境の影響を大きく受けている。

 

それは歌詞だ。


今作は今までのOwen作品の中でも特にマイクの心情に触れた歌詞が多く、それがこのアルバムの核となっている。

 

『THE AVALANCHE』の歌詞は全体を通してめちゃくちゃ重い。44歳の男がここまで重たい歌詞をかけるのかと考えてしまう。

 

1曲目の「A NEW MUSE」では最後の文が

Let me be anything but loved or in love

で締めくくられている。

対訳では

お願いだよ、愛されるか、恋に落ちることだけは避けたいんだ。

となっている。

この曲は別れた恋人を惜しみもう恋はしないという内容に思える。マッキー…?

 


Owen - A New Muse at Skydeck Chicago [OFFICIAL LIVE VIDEO]

 

また、3曲目「ON WITH THE SHOW」の冒頭では

俺はこの役になりすますために生まれた。

十字架に架けられた悪党、中年。

セリフを覚えて、泣くことを身につけた。

さあ、ショーを続けよう。俺は対面を汚すことで知られているんだ。

これまで感じていた躊躇は全てなくしてしまった。

と語っている。

 

どこか自嘲気味に聞こえるその歌は、今はいない誰かに向かって歌っているように聞こえるのだ。

 


Owen - On With The Show [OFFICIAL AUDIO]

 

さらに4曲目「THE CONTOURS」では

嘘と自惚れ、俺の最低な部分が勝ったんだ。

どうやら俺は全てを失ったようだ。  

6曲目「HEADPHONED」では

もう空気は読んだよ、終わり方もわかっている。

俺が感心していないって思っていいよ。 

7曲目「WAITING AND WILING」では

君は俺の声が好きだと言った。

でも君は男全員にそう言うんだ。 

と歌っている。

 

マ、マイク…。

他の曲も見事に後ろ向きな言葉が並べられている。

 

このアルバムはマイク・キンセラの絶望にも似た反省と自嘲、諦めがにじみ出ている。そしてそれには理由があった。

 

先述したように、マイクはOwenの活動に自身の環境の変化などを大きく取り入れている。

 

そして本作『THE AVALANCHE』の歌詞についてレーベルのPolyvinylは、

 

「結婚生活の崩壊と大きな結末」というテーマを掲げている。

 

事実は不明だが、これがマイク自身の環境の変化なのだとすれば今作の歌詞はすべて理解できる。

 

では、マイクはOwenという拡声器を使って愚痴を溢しているだけなのかと言えば、そうではないだろう。

 

ここでOwenもとい、アメフト、マイク・キンセラのファン層について考えてみる。

 

彼が音楽活動を始めたのは90年代初頭(彼のバンド遍歴については以前記事を書いたので今回は割愛)。

 

delivery-sushi-records.hatenablog.com

 

American Footballの活動を開始したのは1999年頃だ。その頃のファン層は彼と同世代の10代の若者だった。彼らは夢や希望に溢れ多感な青春時代をアメフトや他のエモバンドを聞いて過ごした。

 

そして現代、当時10代だったキッズ達も大人になり家庭を持ち、退屈と言わずとも華やかではない日常生活を送っている(著者のかなり個人的な見解)。

 

このアルバムはそんな、現実にどこか絶望している「当時のファン」に対して歌っているのではないかと著者は思う。

 

現実は最低だぜ。

俺(達)は十字架を背負った悪党、おっさんだ、と。

 

このアルバムは当時17歳であったであろうおっさんたちに向けて決して前向きではない応援ソングであり、

それこそが「エモ」なのだ

と著者は思う。

 

いかがだっただろうか。かなり個人的な意見を踏まえ語ってしまったが、今作『THE AVALANCHE』はOwen史上一番の名盤になるのではないかと思う。

 

マイク・キンセラの現在の環境やこの歌詞についての真意はわからないが、彼の書く曲の繊細さこそが、Owenの、American Footballの、そしてマイク・キンセラの最大の魅力なのだ。

 


Owen - The Avalanche [FULL ALBUM STREAM]

 

 

<追記>

 

このブログの内容は『THE AVALANCHE』の国内盤に付属している天井潤之助氏による解説と、ソロアーティストermhoi氏による歌詞の対訳を参考にしている。

 

このアルバム自体はサブスクでも聞けるし、アナログ盤も先行で発売しているが、どちらもかなり身のある内容なので、興味を持った方はぜひ国内盤CDも手に取っていただきたい。

 

 

(文:ゴセキユウタ)