出前寿司Records

よりどりみどりの音楽カルチャーサイト

歌姫不在の時代にアジアの元祖歌姫を思う。

 

このサイトで何か一つ記事を書くのも久々だ。久々の皆様との再会に謝辞を。初めての方には初めましての挨拶を述べさせて頂きたい。音楽や漫画、アニメが好きなオタクの戯言をまた、書き連ねていくが何卒、寛大なお心で読んで頂けるとありがたい。当方、メンタルは豆腐なもので…。

 

まず最初に怠惰で偏屈な自分をまた、音楽レビューの世界に誘ってくださった友人のDammit氏に感謝を述べたい。氏の誘いがなければ再びこのように真剣に音楽の真髄に関して自分が思考を巡らせることもなかった。感謝してもしきれない恩人である。ありがとうございます。

 

さて、前置きはここまでにして、タイトルの歌姫不在とは…まさに昨年に年号も変わり、令和の世となった今。歌姫という存在が日本にいるかというぼんやりとした疑問である。平成の歌姫・安室奈美恵が令和を迎える前に引退し、同じく平成にカリスマ歌姫として鳴らした浜崎あゆみはプライベートでの芸能ゴシップや自伝的著作の発売での話題など、いまいち本業での取り上げられ方が微妙である。それでも未だ根強いファンがいるのがカリスマたる由縁か。余談ではあるが非常にお若い人気タレントのゆきぽよさんがあゆの歌をカラオケで良く歌うとの趣旨の発言をテレビでされていて、未だにマイルドヤンキー感の強いギャルの間では響く存在なのは間違いない。

 

昭和に国民的歌手、歌姫として君臨したのは美空ひばりである。まだ子供の頃から天才歌手として知名度を上げ、戦後の焼け跡のラジオから美空ひばり笠置シヅ子の歌声が流れてくるシーンというのはまさに戦後復興の忘れ難い一コマだったに違いない。

 

その後、山口百恵(彼女はアイドルから歌姫への成長という新しいスタイルを提示した)やアジアからはテレサ・テンが登場し、女性が歌う歌謡曲の大きな波がまさに日本全体を元気にしていった。しかし、我々は美空ひばりテレサ・テンといった巨人たちに大きな影響を与えたとある歌手がいたのを知っている。いや、歌姫を語る上で知らねばならない。彼女の名は李香蘭。本命は山口淑子。日本人でありながら中華風の芸名を名乗り、日本、満洲国、中華民国、香港とアジアを股にかけて活躍した元祖アジアの歌姫である。

 

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彼女の音楽的バックボーンはまさに生まれ育った満洲の風土がそのまま彼女に受け継がれている。これすなわち、日本、中華、ロシア、西洋の和洋露中折衷とでもいうべき幅広い音楽的素養が彼女を日本人初のアジアスターへと押し上げた。日本語と中国語のバイリンガルでどちらもネイティブの歌い方が出来、アジア的な美人である彼女はまさに五族共和の象徴とでもいうべき存在だった。

 

結局、戦争の終結により満洲国は無くなり、日本は大陸から利権を一切手放し、李香蘭も日本へと帰ってくるのだが、彼女の歌は今でも日本以上に中国、台湾はもとより東南アジアでも歌い継がれている。戦後日本が音楽の大衆性のソースを西洋に求め始めたのに対して、アジアの人々は、大東亜共栄圏という途方もない理想を夢見た大日本帝国の一つの理想であり、誰よりもアジア的な知見があり、優しい女性である李香蘭を愛し続けたのだ。なんとも、美しく儚い話ではないだろうか…

 

元祖歌姫李香蘭はその後、日本で芸能活動をしたり国会議員として精力的に活動する。しかし、晩年の彼女の写真や動画を見て思う個人的な感想は、複雑な時代を生き抜き、数奇な人生を過ごした天才歌手というよりは、なんだかアジアに縁のある普通の女性というものだ。激動の時代に国や世界に時には振り回されながらも生き抜いた奇跡の女性の最期は静かなものだった。2014年に94歳という大往生を遂げた。生きた歴史がまた、一つ失われた瞬間だったに違いない。

 

遠藤誉先生のこの記事にも詳しいが戦後の大陸の人々はテレサ・テンを通じて李香蘭の歌を知っている。

 

アジアの歌姫のバトンタッチのようで筆者はなんとも感動を覚えてしまう。しかし、文中にもあるように、残念ではあるが共産主義の国においては李香蘭テレサ・テンといった優れたアジアを股にかけ活躍したアイコン的歌手は、利用されたり簡単に弾圧されてしまうのも事実。ただ、歌が上手く素晴らしい歌姫で終われない時代があったことも忘れてはいけないのではないだろうか。いかに、カルチャーの力が全体主義の世界に於いて脅威か。そして、また、時にはそれを利用しようとする社会主義の恐ろしさに背筋が寒くなる限りだ。

 

話は最初の疑問に戻るが、今の時代に歌姫となる太公望と言うべき人はおそらくネットから現れる。米津玄師がまさにネット発のバンドマン的アティテュードのミュージシャンかつ自分が生まれた場所や時代に楔を打ち込んで次のステップへと駆け上がっていった。有象無象の上手い歌い手に終止符を一旦打てるまだ見ぬカリスマこそが次なる令和の歌姫となる。そしてその人は李香蘭のように多彩なバックボーンが必要となるであろう。シンプルに歌がうまいだけでは利用される時代からシンプルに歌が上手いだけでは埋没してしまう時代への移り変わりは平和で豊かさの証左ではあるがなんとも難しく、ワンアンドオンリーの難しい時代だとも感じる。令和の世は李香蘭を超える日本発のアジアの歌姫の登場を期待したいものだ。

 

結びに変えて個人的李香蘭のおススメの曲を三曲選んだので、興味があれば聴いて欲しい。ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 


(文:ジョルノ・ジャズ・卓也)