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夢と現実の境界を見失う60分間 - Maison book girl『yume』レビュー

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2018年11月21日、Maison book girlのメジャー2ndアルバム『yume』がリリースされた。

 

アルバムリリースの発表はekoms主催の定期ライブイベント「bmg vol.1」(2018年9月18日開催)でアナウンスされ、その衝撃的なビジュアルに湧いたのも記憶に新しい。

※ekoms:ブクガの作詞作曲編曲全てを手がけるサクライケンタが代表を務める事務所。Maison book girlやクマリデパートが所属している。

その後、アーティストビジュアルも一新。真っ赤な景色に佇む井上唯和田輪矢川葵コショージメグミの4人の姿は遠く、もはや表情すらよく見えない。Twitter上ではその色合いから「Syrup16gを彷彿とさせる」という声も多数上がっていた。

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Maison book girl アーティストビジュアル

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Syrup16g『HELL-SEE』ジャケット

 

アルバムの内容もこれまでとは一線を画しており、サクライケンタがタイトル通り「夢」を表現した21曲を収録。今回はその全曲レビューをお届けしたい。

※なお、レビューではアルバムのネタバレも含んでいるため、事前情報無しで聴きたいという方は聴いた上で読んでみてほしい。

 

 

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1. fMRI_TEST#2

fMRIとは下記の通り。

fMRI (functional magnetic resonance imaging) はMRIを利用して、ヒトおよび動物の脳や脊髄の活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法の一つである。※Wikipediaより引用

この説明を読んでも分かる通り、「夢」というテーマに沿ったアルバムとしての印象を決定づけているようなインスト曲。

この曲はワンマンライブ「Solitude HOTEL 6F hiru / yoru」(2018年11月25日開催)でも、曲と曲を繋ぐインターリュードとしてVJと共に効果的な役目を果たしていた。

 

2. 言選り_

先行シングル『cotoeri』収録のリード曲。本作ではイントロが少しアレンジされた(曲名のアンダーバーはそれゆえ。以降も同じようにアンダーバーが付けられた曲が登場する)。

作詞はサクライケンタが過去に手がけてきた歌詞を人工知能(AI)に学習させ、そこから提示された言葉を使って行われた。それにより意味が通っているようなそうではないような、独特な浮遊感を放っており、リスナーを浮世離れした何処かへと誘っていく。

 

3. SIX

階段を登った(降りた?)先で扉を開くような音が挿入されたピアノインスト曲。坂本龍一を彷彿とさせるような、どこか物悲しい音像が印象的。

タイトルの意味する所は「Solitude HOTEL」の6階のことだろうか(実際「Solitude HOTEL 6F」のhiru公演の最後とyoru公演の最初で使われていた)。

 

4. 狭い物語

アルバム発売に先駆けMVが公開され、先行配信もされたリード曲。赤い風景の中をメンバーが歩く様はアルバムのビジュアルイメージを決定づけたように思う。

曲終盤では矢川がソロでこれまでになくエモーショナルにサビを歌い上げている。ライブではそれが特に顕著で観る者を引き付けていた。

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↑ MVではただひたすら真っ赤だった世界に色をつけるようなシーンがとても印象的。

 

5. MOVE

インスト曲。心電図が止まったような音がしばらく続いた後アコースティックギターが鳴らされ、最後にバタバタと走るような音が入る。曲名通り何処かへ忙しなく移動している?

 

6. ボーイミーツガール

和田がこれまでとは違う歌唱で魅せる本作のキラーチューン。数あるブクガのレパートリーの中でもかなりポップな曲であり、今作のベストに上げる人も多い印象。エレキギターが効果的に使われ、「MOVE」の足音から想起されるような性急な曲調がリスナーを急かす。

ちなみに定期イベントの「bmg」という名称は「ボーイミーツガール」の略なのだろうか?

 

7. PAST

「過去」と名付けられたインスト曲。しかしメロディをよく聴くと1stアルバム『image』に収録された「blue light」であることが分かる。最後にドアをこじ開けようとする音とそのドアがけたたましく軋む音が鳴る。

 

8. rooms_

先行シングル『412』のリード曲。こちらはイントロとアウトロがアレンジされて収録。「ボーイミーツガール」では一度外に出ていたように思うが、ここではまた部屋に閉じこもっている。

ライブでは通常、サビの無音部分で照明が全て消え一瞬静寂に包まれるパフォーマンスでお馴染みだが、「Solitude HOTEL 6F」のyoru公演では無音部分以外ほとんどずっと真っ暗という逆の演出をし会場を湧かせた。

 

9. MORE PAST

こちらも「PAST」に続いてインスト曲…と思いきや、『bath room』に収録された「my cut」のピアノバージョンであることが分かる。4人のボーカルも新たに収録され、シンガーとしての表現力が豊かになっていることがより際立って分かる(特に井上。『bath room』時のものを改めて聴くと拙い部分も多い)。

なお「PAST」(=「blue light」)は2016年、「MORE PAST」(=「my cut」)は2015年リリースということで、実際のリリース年と連動した時系列になっている。

 

10. 十六歳_

『cotoeri』のカップリング曲。イントロがアレンジされて収録。曲調はかなり明るく、MVではこれまでになくガーリーなメンバーを見ることができるが(全てがガーリーだと思うと衝撃を受ける)、ステージを縦横無尽に走りながら歌うライブパフォーマンスを観るといつも胸が締め付けられる。

 

11. NIGHTMARE

残念ながらいい夢ばかりではない(そもそも今作で表現される「夢」はあまりいい夢とは言えない気もするが)。電車が走る音が聞こえ、終盤で急に鳴り止む。

 

12. 影の電車

「NIGHTMARE」の電車のイメージをそのまま具体化したような曲。とは言え曲調はポップ寄りでブクガの中でもかなり歌謡サイド。とにかくメロディがいい。

 

13. fMRI_TEST#3

「影の電車」のアウトロを断ち切るようにfMRIの音が鳴る。

 

14. 夢

fMRI_TEST#3」からシームレスで始まる今作の表題曲。サクライ氏はこの曲について、インタビューで下記のように語っている。

今回、14曲目が“夢”というタイトルなんですけど、京都大学で夢のことを研究している神谷之康さんという方がいて、その方に話を聞きに行って作ってるんです。

14曲目の“夢”に関しては、夢を見ているときの脳波を左右で鳴ってるハンドクラップの強弱、ベロシティにして、変な感じで音が強くなったり弱くなったりしてるんですけど、まさにあれは夢を見ているときの脳の動きで。だから、聴いていると本当に夢を見てる感じになるんじゃないか、と思って。ちょっと迷い込んだ感じになる、というか。

Maison book girlメジャー2ndアルバム『yume』インタビュー③――「ブクガの創作を押し広げた、自由と苛立ち」 | ダ・ヴィンチニュース

リスナーがアルバムを通して聴いてこの曲にたどり着いた時、おそらく夢と現実の境目が無くなるような感覚さえも覚えるのではないだろうか。壮大なサビも感涙もの。間違いなくブクガ史上最高傑作。

 

15. ELUDE

雨が降る音と鳥の鳴き声とカメラのシャッター音。どこかの温室の中で鳥の写真を撮っているかのような印象を覚える。

このインスト曲はアルバム発表前からライブのSEとしても使用されていた。

 

16. レインコートと首の無い鳥

先行シングル『elude』のリード曲。「ELUDE」はこの曲の伏線だった。これまでに見ない不穏なMVであり、この時点でもうアルバムの世界観は完全に固まっていたのだろう。ワンマンライブ「Solitude HOTEL 5F」(2018年6月23日開催)では最初と最後の2回披露され、ブクガワールドの構築に重要な役目を果たした。今後もキーとなる曲であるように思う。

ちなみに「Solitude HOTEL 5F」の最後ではメンバーがペストマスクを被って披露され、4人が居なくなった後ステージに靴だけが残されていたが、「Solitude HOTEL 6F」のyoru公演に出てきたペストマスク姿の人物たちは裸足だった。

 

17. YUME

「レインコートと首の無い鳥」のアウトロであり、次の「おかえりさよなら」のイントロをも担うインスト曲。雨の音とfMRIの音、そして曲の逆再生が流れる。巻き戻して聴くと「おかえりさよなら」であることが分かる。

 

18. おかえりさよなら

「bmg vol.1」でMVが発表され上映もされた『elude』のカップリング曲。曲調に関してはブクガのレパートリーの中でも特にバラードとでも呼べるようなストレートさがあるが、MVを観ると明確に「死」をテーマにしているような印象を受ける(どうでもいい余談だが筆者はMVの上映で泣いた)。

 

19. GOOD NIGHT

「Solitude HOTEL 5F」の最後に流れ、それから地続きのように「Solitude HOTEL 6F」のhiru公演の最初にも流れたインスト曲。錠剤を出すような音が「おかえりさよなら」からの繋がりを感じる。タイトルが示すのはただの「おやすみ」ではなく、オーバードーズによる「死」なのかもしれない。

 

20. 不思議な風船

お馴染みになったコショージが手がけるポエトリーリーディング。バックで流れる音がうるさく語りがあまり聞こえないという演出が、アルバムの最後を不穏に飾る。

「Solitude HOTEL 6F」では最後に披露され、ペストマスクを被った謎の人物たちとの共演が強烈な印象を与えていたように思う(個人的には序盤コショージが本=カンペ?を持たずに台詞を言っている所が妙に感動した)。

 

21. fMRI_TEST#1

ここに来て#1…それもそのはず、リピートして聴くと1曲目の「fMRI_TEST#2」にシームレスで繋がり、今作が終わらない無限ループの世界であり、リスナーを閉じ込めるような仕掛けになっている。

なお、「fMRI_TEST#1」「fMRI_TEST#2」についてサクライ氏は下記のように語っている。

1曲目と、最後の“fMRI(_TEST#1)”は、夢の実験をしているときの実際の音声をお借りして、使ったりしていて。

Maison book girlメジャー2ndアルバム『yume』インタビュー③――「ブクガの創作を押し広げた、自由と苛立ち」 | ダ・ヴィンチニュース

アルバムによりリアリティを持たせるための仕掛けがここにもあった(「夢」を表現するためにリアリティを持たせる、というのは何か倒錯している気がしなくもないが)。

 

 

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Maison book girlは今年4周年を迎えた。年々メンバーの歌唱力と表現力は高まっており、それに合わせサクライケンタが作り出す楽曲も変化/進化し、ライブでのVJやパフォーマンスも話題を呼ぶようになった。今では日本、いや世界でも類を見ないような唯一無二の世界観を構築することに成功した特異なグループと言える。

 

1stアルバム『image』はMaison book girlとしての自己紹介的な意味合いが強かったように思うが、今作『yume』は過去曲を伏線として使用したり(「PAST」や「MORE PAST」)、インスト曲で間を繋ぐなどし、綿密で曖昧な「夢」の世界を提示する組曲として完成させることに成功した。

リスナーはアルバムを通して聴くことで、夢と現実の境界を見失うような時間を過ごすことになるはずだ。移動中に片手間に聴くというよりも、1時間しっかり向き合って聴くに相応しいアルバム。間違いなく、2018年の音楽カルチャーの最先端に立つ凄まじい作品が誕生した。

 

 

(文:おすしたべいこ)