出前寿司Records

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Fill In The Blue Blanks 孤独を埋めて…

 

うも情熱が失われている。

 

学生時代は自分の好きな音楽や漫画、アニメを24時間ずっと楽しんでいてもちっとも疲れなかったし、苦にもならなかった。

 

それが今じゃすっかりただ中途半端な義務感だけでコンテンツ消費している気がする。なんとなく読んでいる、なんとなく聴いている、なんとなく追っかけている。

ツイッターでもみんなが熱く楽しくキャッキャと語り合っていることにイマイチ共感できない。

ただただ、惰性で大好きだったものを僕はリスペクトなく楽しんでいるフリをしているだけなのかもしれない…。

 

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そんな感情に囚われている夜に一本の映画を観た。「ブルーに生まれついて」イーサン・ホークがジャズトランペッターのチェット・ベイカーを演じた作品だ。

全盛期のチェットを描いた作品では無く、ドラッグに溺れて仕事、友人、恋人を失った彼がもう一度栄光を掴もうとするストーリーだ。

 

主人公が(自業自得とはいえ)ひたすら苦しみ、苦悩し続ける展開はひたすら辛い。

 

マイルス・デイヴィスというあまりに偉大すぎる同世代の存在に常にコンプレックスを感じ、ジャズ黄金時代に多くのミュージシャンが陥ったドラッグ禍に一番のめりこんでしまう。

その才能を絶賛されながらも結局自分は西海岸の白人クールジャズのアイドルでしかないという自意識がますますドラッグと女へと溺れさせる…

才能はあるが弱い人が再生と崩壊の狭間で音楽という細い命綱を頼りに表現していくしかないその姿は、差異は多少あれども視聴者の心にチクリと共感が刺さる。

 

ネタバレは避けたいので、詳しく言及はしないが、とても切ないラストを劇中で迎える。僕が観た映画の中でも上位の胸に刺さる切なさだった。

 

情熱も栄光も全てを失ってもこれしかない。その為にはすがるしかない、努力するしかない。そんな劇中のチェットの姿が今の僕の気持ちを揺らした。

あの時感じた、これしかない!これが一番好きだ!という気持ちが今も燻っているから、音楽をアニメを消費しているんだ。辞められないんだ。あの頃ほどじゃないと自嘲してもやっぱり好きなんだともう一度問いかけてくる。

作品が訴えかった意図はそこには無いのだろうが、今の自分には音楽にすがるチェットの姿が凄く突き刺さった。

 

あの頃の情熱を取り戻すのは不可能かもしれない。それは思春期にだけ現れる魔法みたいな時期で後は、ただただ社会に疲弊させられていくだけなんだろう。それでも、捨てられない好きが僕らを捉えている限り、劇中のチェットのように再生していくだろう。

Born To Be Blue ブルーに生まれついた僕には若い情熱あるオタク達は眩しすぎる。

最近の音楽やアニメはようわからんわ…と言いながら、チェットのレコードに針を落とす人生になった今も案外嫌じゃないと気がついただけ満足さ。

 

追記:ま、そうとは言いながらもアニメは毎クールそこそこ追っかけてるんやけどねw

 

 

(文:ジョルノ・ジャズ・卓也)