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複製品たち(17歳とベルリンの壁 One Man Live)

 2020年 8月29日 渋谷 TSUTAYA O-NEST

 

 17歳とベルリンの壁、初のワンマンライブ開催。その模様をレポートします。

 

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 コロナ禍の影響もあり、距離を保って椅子が配置され、各々が席について見るライブだった。逆にドキュメント映画を見るような気持ちになれて、大きな期待を持った。

 開始時間の18:30を少し過ぎた頃、17歳とベルリンの壁は現れた。

 

1. 楽園はない

 やはりというか、最新作『Abstract』の1曲目からライブがスタート。『Abstract』はそれまでの彼らの作品と比べて、特に音が優しい印象があり、その雰囲気を守ったままの美しい開幕であった。

 

2. 千日

3. 話す卵

 ワンマンライブということで、過去の曲もたくさん聞けるのではと楽しみにしていたが、さっそく1st EP『Aspect』から2曲続けて演奏。特に「話す卵」は1stの個人的なフェイバリットなので非常に嬉しかった。

 

4. 街の扉

 最新作のキラーチューンを早くも演奏。4分もない曲なのに「話す卵」との落差からかとても長い曲に感じた。もちろん良い意味だ。前半の4曲で、轟音は抑えめでしっかりと空間に響かせるようなライブ構成が見えた気がした。

 

5. 反響室

6. 表明式

7. 窓際

8. 繁華街へ

 「街の扉」から続けて4曲を演奏。まるでメドレーのように、耳に甘い音が降り注いだ。4曲目から8曲目までがこのライブのハイライトの1つだった気がする。最新作『Abstract』については、"それまでとはまた違う方向性のアルバムを一つ作った"と彼らは話していたが、芯にある"音の美"みたいなものはいつの時もブレがないことを見せつけられた。

 

9. 終日

10. 地上の花

 ここにきて「終日」と「地上の花」。美しかった。それまでの曲の流れを汲んで、一つ一つの音がクリアに聞こえるように演奏していると思った。『Abstract』を出してすぐの今だからこその演奏。アップデートされたような感じ。

 

11. 十年

12. 誰かがいた海

 『Abstract』から2曲。このワンマンライブ最高の瞬間は個人的にはこの2曲。上京してきた想い、故郷の海、そういったものを語る唄として演奏された。最新作の中でも特に美しい曲の2つだが、それまでの演奏曲から2段も3段も音量が上がったように感じる、力強い演奏だった。

 初期の曲は今のように繊細に、最新の曲は昔のように轟音で、そういったメッセージがあったのではないかと自分は思った(ずっと素晴らしいシューゲイザーを鳴らしてるバンドではあるのだけど)。

 

 ここで、15分の休憩。初のワンマンライブは2部構成だった。

 

 そして休憩後。

 

 ステージには全員白いTシャツに着替えた彼らの姿があった。思い出せば、第一部の服装は全員黒だった。登場の瞬間に、ブラックサイドとホワイトサイドだ・・・と悟った。

 

13. 展望

14. パラグライド

 第二部の開幕にこれ以上ないほどふさわしい2曲でスタート。個人的に『Abstract』は前作『Object』があったからこそできたのではないかと思っていて、自分の中では繋がっている。実際に並べて演奏されると、流れの美しさが倍増した気がした。

 

15. 27時

 最高の第二部開幕から、最高の気持ちで聞くことができた。それまでのクールな演奏を吹き飛ばす力強い音。体を揺らし続けた。

 

16. 平面体

17. スパイラル

18. ライラック

19. 凍結地

20. 光景

 第一部では「街の扉」(4曲目)から「繁華街へ」(8曲目)がメドレーのように感じたが、第二部のこの「平面体」(16曲目)から「光景」(20曲目)も、対を成すメドレーだったと思う。

 

 MCで以下のような説明があった。

今回のセットリストは時間を意識したもので、

第一部が0時から12時

第二部が12時から24時

 

 そう考えると、4~8の曲と、16~20の曲は構成として美しい。

 ・夜がすこしずつ明けて朝方になり、そして始まっていく一日(4~8)

 ・昼がすこしずつ暮れて夕方になり、そして終わっていく一日(16~20)

 そういう、『光』の変化を第一部と第二部にメドレーのように盛り込んだセットリストだったのではないかと思う。第一部の4曲目から、第二部の4曲目から、という構成もすごく考えられている。贅沢なワンマンライブだと改めて感じられた。

 

21. プリズム

22. ハッピーエンド

 第一部の「終日」と「地上の花」と同様、メドレーの後に大名曲を演奏。プリズムはすさまじかった。フラッシュの点滅をこれでもかというほど使っていた。夜の一番楽しい時間を鮮明に表していた。

 

23. 6月

 ここへきて更に音量が上がったように感じた。これも1stの中でも大好きな曲で、最後の方のすごく盛り上がったタイミングで演奏してくれて感謝しかない。

 

 そして最後の曲。

いままでの曲をすべてやりました。アンコールはありません。

というMCがあったが、構成から演出から何もかもが美しかった。アンコールがないのは確かに残念かもしれないけれど、美しい終わりを迎えるにふさわしかった。

 

 最後の曲は分かっていた。あとはあの曲だけだ、と思っていた。

 

24. 複製品たち

 『Object』の中の個人的フェイバリットで〆。一日というものは繰り返されていく複製品かもしれないけど、こうやって毎日が続いていけばいいのに。そう思った。

 

 そうして、17歳とベルリンの壁の初ワンマンは終った。まさに映画だった。

 

 貴重な現場にいることができたと、見る側として誇らしい。

 

 非常に考えつくされたセットリストを、最後にカードとして来場者に配られた。宝物が増えた。

 

 感謝しかない。

 

 

<セットリスト> 

第一部(0時から12時)
1.楽園はない
2. 千日
3. 話す卵
4. 街の扉
5. 反響室
6. 表明式
7. 窓際
8. 繁華街へ
9. 終日
10. 地上の花
11. 十年
12. 誰かがいた海 

第二部(12時から24時)
13. 展望
14. パラグライド
15. 27時
16. 平面体
17. スパイラル
18. ライラック
19. 凍結地
20. 光景
21. プリズム
22. ハッピーエンド
23. 六月
24. 複製品たち

 

 

 (文:ジュン)

 

メジャーデビュー決定!羊文学を聞いてみよう

盆の休みも終わった途端に大きなニュースが飛び込んできた。

 

羊文学、メジャーデビュー決定。

 

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羊文学の新アーティスト写真

中央:塩塚モエカ(gt./vo.)

左:フクダヒロア(dr.) 右:河西ゆりか(ba./cho.)

 

新作アルバムは、ソニーのF.C.L.Sからのリリースが今年の12月に予定されている。

 

さらに、8/19には新曲「砂漠のきみへ/Girls」を配信でリリース。

 


さらに言えば、もし中止になっていなかったなら、フジロック2020にも出演していた。

 

さらにさらに言えば、塩塚モエカは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが10/7にリリースする新曲「触れたい 確かめたい」にボーカルとして参加が決定している。

 

まさに今、ノリにノっているバンドが羊文学だ。

  

羊文学については、この出前寿司Recordsで度々記事が公開されていて、それぞれのライターの、とても読み応えのある内容が楽しめる。

 



 

さて、そんな羊文学だが、「実はまだ聞いたことがない」という人は割といるのではないか。

 

インディロックやオルタナティブ・ロックのファンの間では、もはや定番ともいえるバンドにまで成長していると思ってるが、日本のロックファン全体でみると、まだまだ浸透の余地はあるはず。

 

そこで、かなり簡単に、羊文学を紹介する記事を書いてみようと思う。

 

ぜひ、12月のメジャーデビュー・アルバムが、この記事を読んで楽しみだと思えてくれたら嬉しい。

 

 

 

◆羊文学について

 

羊文学は、女性2人、男性1人の3ピース・ロックバンド。

 

ギター・ボーカル:塩塚モエカ

ベース・コーラス:河西ゆりか

ドラム:フクダヒロア

 

以上の3人。

 

ギター・ボーカルの塩塚モエカは、ライブで聴くとかなり歌が力強い。といっても、「叫ぶ」ようではなくて「響く」ように歌ってる印象。シリアスな歌詞の曲から、可愛らしく甘い歌詞の曲まで歌えてしまう幅の広さがある。

 

ベース・コーラスの河西ゆりかは、このバンドのコーラス、ハモリの部分で重要な役割を果たしている。羊文学というと楽器の響きとメロディに惹かれる人が多いだろうけど、よく聞くとハモリやコーラスがこのバンドのミソなんじゃないか。尖ったようなバンドアンサンブルも、コーラスがあるおかげでスルッと聞けてしまう。

 

ドラムのフクダヒロアは堅実に、軽やかで細かく音を出すのが得意じゃないかと思ってるが、出るときはしっかり出てくれる印象。ライブで轟音を響かせる時には特に感じられる。コーラスもできるので、彼の歌も重要だ。

余談だが、ものすごく髪が長くて、女性だと思われることがあるらしい。

 

 

 

◆羊文学にハマれそうな人

 

基本的に洋楽邦楽問わず、オルタナティブロック全般好きな人は間違いないと思うが、以下のような音楽が好きだと、特に羊文学は好きになれると思う。あくまで日本のバンドから選んだ。

・Homecomings
・リーガルリリ
Base Ball Bear
ASIAN KUNG-FU GENERATION
cinema staff

 

以下のバンドは解散や活動休止してしまっているが、ここが好きな人も羊文学にハマる可能性が高いと思う。

スーパーカー
・きのこ帝国
チャットモンチー

 

 

 

◆作品紹介

 

羊文学は現在までに4枚のEPと1枚のフルアルバムをリリースしている。それぞれサブスクリプションでも聞くことができる。

 

フルアルバム

・『若者たちへ』2018年リリース

 

EP

・『トンネルを抜けたら』2017年リリース

・『オレンジチョコレートハウスまでの道のり』2018年リリース

・『きらめき』2019年リリース

・『ざわめき』2020年リリース

 

 

 

◆聞いてほしい曲

 

基本的に、作品紹介で挙げたアルバムとEPを聞いてもらいたい。サブスクリプションもあって、手に届きやすいので。

 

とはいえ、いきなり全てを網羅するのは大変かもしれないので、とっかかりとなるよう、いくつかの曲を挙げることにする。

 

①「1999」


2019年の暮れに限定生産でリリースされたシングル曲。じつはかなり前からある曲で、ファンとしては「ようやく出てくれた」という気持ち。全国的なヒットとなった。

 

羊文学というバンドを一番表した曲なんじゃないかと思う。直球のオルタナティブロックをしながら、世紀末のクリスマスというどこかもの悲しいテーマを歌い、コーラスがあって全員の声が聴ける。まずはこれを聞いてほしい。

 

②「ドラマ」


アルバム『若者たちへ』に収録されている。

青春時代が終われば 私たち 生きてる価値がないわ

というシリアスすぎる詩で始まる曲。だが、決して暗いだけでない。メロディはどちらかというと「切ない」。途中で少しだけテンポが落ちて、力強く演奏されるパートが特に素晴らしい。

最後の最後に

プールサイド キスをしよう

と終わる歌詞の甘さ。羊文学のシリアスな面がすごく出ている名曲だと思う。

 

③「ロマンス」


EP『きらめき』に収録。羊文学を羊文学たらしめるのは、こういう曲も作れるからだ。とにかく明るいけど、押しつけがましい明るさじゃないし、中盤でノイジ―なギターが炸裂する。

女の子はいつだって無敵だよ

と歌う。なにかから解放された、という心地よさが感じられる。シリアスと甘さが同居する音楽性が、このバンドが人を惹きつける理由。

 

④DRIP TOKYO 羊文学


これは曲じゃなくてライブ。DRIP TOKYOのYoutubeスペースで今年4月に演奏した模様の動画。特に聞いてほしいのは1曲目の「人間だった」と最後の「恋なんて」。どちらもEP『ざわめき』に収録。

今年の1月に大阪梅田シャングリラで「ざわめき」の先行販売兼レコ発のワンマンライブがあって観に行った(その時はコロナウイルスは全然日本で流行してなかった)。

そこで恐らく初めて「恋なんて」が演奏された。この動画では伝わりきらないかもしれないが、生で聞くと鬼気迫る演奏を羊文学で一番感じられた。

ちょっとした余談だったが、EP『きらめき』はかなり甘みのある曲が多かった反動からか、EP『ざわめき』はシリアスな面が強められていて、この動画からも、現在の彼らの勢いがよくわかると思う。

 

⑤(追加)

以上のものは公式動画があったので取り上げた。以下にはアルバムとEPに収録された、公式動画がないものを挙げる。CDを買ったり、サブスクリプションなどを利用して自分の耳で聞いてほしい。

・「うねり」(EP『トンネルを抜けたら』収録)

・「ハイウェイ」(EP『オレンジチョコレートハウスまでの道のり』収録)

・「ブレーメン」(EP『オレンジチョコレートハウスまでの道のり』収録)

・「エンディング」(アルバム『若者たちへ』収録)

・「天国」(アルバム『若者たちへ』収録)

・「絵日記」(アルバム『若者たちへ』収録)

・「夏のよう」(アルバム『若者たちへ』収録)

・「Red」(アルバム『若者たちへ』収録)

・「若者たち」(アルバム『若者たちへ』収録)

・「ソーダ水」(EP『きらめき』収録)

・「ミルク」(EP『きらめき』収録)

・「祈り」(EP『ざわめき』収録)

 

 

 

◆おわりに

 

いかがだっただろうか。羊文学はオルタナティブロックというものがキーワードになるだろうけど、取り上げた曲からもわかるように、甘くて可愛らしい曲もあるおかげで、女性ファンも多い。ワンマンライブを2回見ているが、どちらも老若男女とわず、かなり幅広い客層だった。ポップスとしても人気を得やすいと思う。

 

12月に満を持してメジャーデビューアルバムを出す羊文学を、過去の曲を振り返りながら、いったいどんな風に進んでいくのかを皆で見ていきたい。

 

新たに羊文学に出逢う人のためにこの記事を書いたし、改めて羊文学の歩みを振り返りたい人にも、この記事が読まれてほしいし、ぜひ聞き返してほしいと思う。

 

 

(文:ジュン)

 

ピーキー・オヤナギが語るジャニーズ名曲選④V6/Sexy.Honey.Bunny!

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いやあ! V6のMVが公式で見れるなんて、なんて嬉しいんだ!!

というわけで、今回はV6の「Sexy.Honey.Bunny!」(2011年8月発売シングル)。

他にも紹介したい曲やV6の歴史なんかもありますが、今回はこちらを! デビュー25周年だからね!

 

 

さて、この「Sexy.Honey.Bunny!」、西寺郷太NONA REEVES)とcorin.という、V6の楽曲における"にしこりコンビ"と呼ばれる最強タッグが作り上げた楽曲です。もうジャニーズ博士の西寺兄貴がいたら最強ですよ、はい!

この曲の醍醐味はなんと言ってもこのDead Or Alive感!笑

80sのちょいダサ感がツボに入る曲であります。9年前の作品なのですが、このぐらいから80sなものへの再評価はじわじわ来てたんですよね。

しかしながら、なんというか先取り感はあります。ニューレトロ的な文脈ももう少し後からですからね。

ちなみにこちらがDead Or Alive

 

 

ダサい!! そしてなんちゅう髪型!!

しかし、それが最高に味なのです! 耳にこびり付いて離れない。電子ドラムの繰り返しの感じがたまりませんね。邦楽だとWINKとかもこのノリありますよね。クラップ音がツボにハマります。この時代の曲は頭から印象づけていくのが良いです。冒頭の10秒が肝心。

 

さて、話を戻しますが、この「Sexy.Honey.Bunny!」はV6の新たな魅力を引き出し、かつ音楽的にもクオリティの高い楽曲ということでファン以外からも高い評価を受けることとなりました。

 

坂本くんの"Sexy!"で始まる、あの感じ。長野くんの"Come on!"の掛け声で最後になだれ込む曲展開。アイドルの掛け声って楽曲のアクセントになってとても上がりますよね。

今で言うベッド・インみたいなちょいダサ感がツボに入る人は必聴です!

 

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(文:ピーキー・オヤナギ)

 

いや、男が女々しくたっていい。Owen新作アルバム『THE AVALANCHE』レコメンド

2020年、コロナ渦巻く混沌とした6月、Owenの新作『THE AVALANCHE』が発表された。

 

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今回はそのレコメンド記事である。

 

2014年に再結成し、3度の来日を果たしたAmerican Football(本来なら今年4回目の来日を予定していたがコロナの影響で延期に…)。その首謀者、マイク・キンセラによるソロプロジェクトがOwenだ。

 

現在でも3枚しかアルバムを出していないアメフトと違い(それでも奇跡のようだが)、Owenは今回で10作目となる。

 

今回も前作の『The King Of Whys』と同様、ボン・イヴェールのドラマー、ショーン・キャリーを共同プロデューサーに迎え、サポートミュージシャン達も多くが前作から引き続きの参加(録音スタジオも一緒)。

 

『The King Of Whys』の続編とも言えるのではないだろうか。

 


Owen - Settled Down [OFFICIAL MUSIC VIDEO]

 

The King Of Whys』はOwenにとって原点回帰とも言える作品で、モダンフォークとバロックポップの双方の観点から高い評価を受けていたが、今回も大変な名作になってしまった。

 

まず特筆したいのは、2019年に発売されたアメフトの3枚目のアルバム『American Football(通称LP3)』との相互性だ。

 


American Football - Silhouettes [OFFICIAL MUSIC VIDEO]

 

『LP3』はアメフト作品の中でもアンビエント色が強く、「音の空間」や「無音部の空白」などにこだわり抜かれた作品となっている。

 

そういったマイク・キンセラのこだわりが今作『THE AVALANCHE』にも色濃く出ている。

 

また、『LP3』は使用された楽器の数も3作品の中で最も多く、Owenの『The King Of Whys』が影響をしているように思える。

 

上記について、Owenもアメフトも曲を作っているのはマイク・キンセラなのだから当たり前なのでは?と思うかもしれないが、それは違う。

 

Owenというプロジェクトはマイク・キンセラだけのものではないのだ。

 

Owenはマイクの近況や周りを取り巻く環境、自身のバンドなど様々な影響を反映させている。

 

たとえば1作目と2作目は実家のベットルームで作成された紛れもないソロ作品であるし、3作目は従兄弟のネイト・キンセラなどを迎え3ピース構成で制作され、Owenの中でもバンドに近いサウンドになっている。

 

そして9作目となった『The King Of Whys』ではショーン・キャリーがプロデュースしバックの音楽が洗練され、ストリングスやシンセなどを多く取り入れている。それが『LP3』でも活かされているのだ。

 

そして、今作『THE AVALANCHE』もそういったマイクの心境の影響を大きく受けている。

 

それは歌詞だ。


今作は今までのOwen作品の中でも特にマイクの心情に触れた歌詞が多く、それがこのアルバムの核となっている。

 

『THE AVALANCHE』の歌詞は全体を通してめちゃくちゃ重い。44歳の男がここまで重たい歌詞をかけるのかと考えてしまう。

 

1曲目の「A NEW MUSE」では最後の文が

Let me be anything but loved or in love

で締めくくられている。

対訳では

お願いだよ、愛されるか、恋に落ちることだけは避けたいんだ。

となっている。

この曲は別れた恋人を惜しみもう恋はしないという内容に思える。マッキー…?

 


Owen - A New Muse at Skydeck Chicago [OFFICIAL LIVE VIDEO]

 

また、3曲目「ON WITH THE SHOW」の冒頭では

俺はこの役になりすますために生まれた。

十字架に架けられた悪党、中年。

セリフを覚えて、泣くことを身につけた。

さあ、ショーを続けよう。俺は対面を汚すことで知られているんだ。

これまで感じていた躊躇は全てなくしてしまった。

と語っている。

 

どこか自嘲気味に聞こえるその歌は、今はいない誰かに向かって歌っているように聞こえるのだ。

 


Owen - On With The Show [OFFICIAL AUDIO]

 

さらに4曲目「THE CONTOURS」では

嘘と自惚れ、俺の最低な部分が勝ったんだ。

どうやら俺は全てを失ったようだ。  

6曲目「HEADPHONED」では

もう空気は読んだよ、終わり方もわかっている。

俺が感心していないって思っていいよ。 

7曲目「WAITING AND WILING」では

君は俺の声が好きだと言った。

でも君は男全員にそう言うんだ。 

と歌っている。

 

マ、マイク…。

他の曲も見事に後ろ向きな言葉が並べられている。

 

このアルバムはマイク・キンセラの絶望にも似た反省と自嘲、諦めがにじみ出ている。そしてそれには理由があった。

 

先述したように、マイクはOwenの活動に自身の環境の変化などを大きく取り入れている。

 

そして本作『THE AVALANCHE』の歌詞についてレーベルのPolyvinylは、

 

「結婚生活の崩壊と大きな結末」というテーマを掲げている。

 

事実は不明だが、これがマイク自身の環境の変化なのだとすれば今作の歌詞はすべて理解できる。

 

では、マイクはOwenという拡声器を使って愚痴を溢しているだけなのかと言えば、そうではないだろう。

 

ここでOwenもとい、アメフト、マイク・キンセラのファン層について考えてみる。

 

彼が音楽活動を始めたのは90年代初頭(彼のバンド遍歴については以前記事を書いたので今回は割愛)。

 

delivery-sushi-records.hatenablog.com

 

American Footballの活動を開始したのは1999年頃だ。その頃のファン層は彼と同世代の10代の若者だった。彼らは夢や希望に溢れ多感な青春時代をアメフトや他のエモバンドを聞いて過ごした。

 

そして現代、当時10代だったキッズ達も大人になり家庭を持ち、退屈と言わずとも華やかではない日常生活を送っている(著者のかなり個人的な見解)。

 

このアルバムはそんな、現実にどこか絶望している「当時のファン」に対して歌っているのではないかと著者は思う。

 

現実は最低だぜ。

俺(達)は十字架を背負った悪党、おっさんだ、と。

 

このアルバムは当時17歳であったであろうおっさんたちに向けて決して前向きではない応援ソングであり、

それこそが「エモ」なのだ

と著者は思う。

 

いかがだっただろうか。かなり個人的な意見を踏まえ語ってしまったが、今作『THE AVALANCHE』はOwen史上一番の名盤になるのではないかと思う。

 

マイク・キンセラの現在の環境やこの歌詞についての真意はわからないが、彼の書く曲の繊細さこそが、Owenの、American Footballの、そしてマイク・キンセラの最大の魅力なのだ。

 


Owen - The Avalanche [FULL ALBUM STREAM]

 

 

<追記>

 

このブログの内容は『THE AVALANCHE』の国内盤に付属している天井潤之助氏による解説と、ソロアーティストermhoi氏による歌詞の対訳を参考にしている。

 

このアルバム自体はサブスクでも聞けるし、アナログ盤も先行で発売しているが、どちらもかなり身のある内容なので、興味を持った方はぜひ国内盤CDも手に取っていただきたい。

 

 

(文:ゴセキユウタ)

 

2020年上半期のアルバム4選(From 名古屋)

 2020年上半期が終わりますが、皆さんいかがお過ごしですか。

 いいアルバムたくさんあるけど、ぶっちゃけ、今年は例のアレの影響で「もっともっと良作がリリースされるはずだったんだろう」って印象が強い。実際、リリースが遅れてしまったアルバムをいくつも見た。

 とまあ、ちょっと残念な上半期になってしまった。けれども出されたアルバムの質は申し分ないかなと。

 そんな中で、じゃあ僕の住んでる愛知県からはどんなアルバムが上半期に出たか、というところを振り返る内容を寄稿します。今回は4枚を選びました。

 

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1. Fish 「College was confused」

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 今年の名古屋の始まりはこれって感じだったと思う。出るか出るかと言われ続けたFishの新作。6曲入りでわずか7分のEP。爽やかに駆け抜ける。The Promise Ringみたいに青々としたパンクロック。

 リリースされてすぐに大須のFile UnderやAndyで飛ぶように売れまくった。まだライブを観る機会には恵まれてないけど。

 電光石火で歪んだギターが耳を通り過ぎていく快感が楽しめる。かなりおすすめ。

 バンドキャンプでも聞くことができるので、お手軽にいくならここから。

 

fishnagoya.bandcamp.com

 

 

2. The Rainy 「あなたの海」

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 名古屋産のバンドで個人的に一番好きなポストロック・シューゲイザーのバンド、The Rainyの、現在の3人体制になってからの最初のアルバム。

 前回の作品「Film」も素晴らしかったけど、今作はそれを大きく上回る。流れるようなサウンドスケープが大進化していて、するっと聞けてしまう。全体的な音像も前回より柔らかい。前作はブレイクからの轟音、今作は王道をいくような徐々に徐々に轟音に吸い込まれていく、そういう音が楽しめる。

 今年から東京にライブ活動の拠点を移す、というところでコロナの煽りを受けてしまっていて、心配である。早く東京で売れてほしい。ポテンシャルは十分すぎる。これを聞けばわかる。

 どうやら今のところ、今作はサブスクリプションでしか聞けないみたいなので、早くフィジカルが欲しいところ。

 

music.apple.com

 

 

3. EASTOKLAB 「Fake Planets」

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 おなじみのドリームポップバンド。個人的に、もう彼らのライブは結構見てるし、この新譜に入ってる曲はほとんど聞いたことがあったものが大概なので、「やっとでたか」というのが一番の感想。

 自信に満ち溢れてる感じがすごく出てるアルバムで、CDもケースの色が違うパターンを何種類も作ってリリースしてる。色の違いを楽しんだり、好きな色を探すのも楽しいと思う。絶対に売れるだろうという確信持ってるんじゃないかということを感じた。

 実際、内容は申し分ない。ハイライトは、ラストを飾る「Dive」。今のところ、このバンドの最高傑作といえる曲かも。アルバム全体でみると、前作よりギターサウンドが目立ってて、そこも好きなポイント。The 1975の2ndアルバムみたいな、アンビエントチックだけどロックで浮遊できるような音楽が好きな人にとって、とてもいいと思う。

 

music.apple.com

 

 

4. I Like Birds 「あめいろ」

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 Apple Light、mishca、me in grasshopper、softsurf、sitaqといった名古屋のバンドのメンバーによって構成されたバンド、I Like Birds の1st。構成される面々の時点で強い。

 サウンドも、それぞれのバンドが持ってる要素を合わせたような感じ。すごく上質なポップスになってると思う。めちゃくちゃ甘い。

 コーラスワークや単音のつなぎ方も綺麗で、つぶやくようなボーカルも良い。

 CD、カセットテープ、サブスクリプションと、楽しめるタイプも充実してる。個人的上半期名古屋バンドのハイライト。

 

あめいろ

あめいろ

  • I Like Birds
  • カントリー
  • ¥1071

music.apple.com

 

 

 そんなわけで、手短に4つの作品を選んでみた。全体的にチョイスがインディロック・オルタナに傾いてしまったけれど、どれもハズレ無しなので、ぜひ聞いてほしい。

 

 

(文:ジュン)

 

音楽を愛する映画監督ジョン・カーニーが伝えたかった本当のテーマ

元バンドマンの俳優というのは世界中にゴロゴロいる。

しかし元バンドマンの映画監督はあまりいないのではないだろうか。

 

アイルランド出身の映画監督ジョン・カーニーがそのうちの一人だ。

 

彼は1993年まで「The Frames」でベースを担当しMVなども自身で手がけた。

その後音楽を辞め、楽器のかわりにメガホンを取ったのだ。

そのためなのか彼の作る映画はどこか音楽界の華やかさだけではなく音楽への愛憎が見え隠れする。

 

そこが世の音楽ファンを魅了するのだろう。

私のそのうちの一人だ。

 

今回はジョン・カーニーを代表する音楽映画3作について書きたいと思う。

 

※以降、若干のネタバレと著者の個人的な意見がある。

ネタバレに関しては物語の核心をつくようなことは書かないのであまり気にしない人は予習がてら見てくれたら嬉しい。

個人的な意見に関しての反対意見などは受け付けていないのでどうかご理解いただきたい。

(私はこのブログの管理人ではないので。。。管理人が泣いちゃうから、、、)

 

 

紹介する映画は

ONCE ダブリンの街角で

・BEGIN AGAIN はじまりのうた

・SING STREET 未来へのうた

  

 

この3本はジョン・カーニーを代表する映画だ。

音楽映画といえば、ストーリーの過程で急に歌いだすミュージカルのような映画を想像するが、この3本は決してミュージカルではないと著者は思っている。

この3本の映画は「音楽を主軸に展開されるドラマ」なのだ。

物語の登場人物はもれなく全員音楽を愛し、劇中では歌を歌い楽器を奏でる。

しかし、これらは物語を彩るスパイスでしかなく、あくまでメインは主人公たちが織りなすドラマなのだ。そこがほかの音楽映画とは異なる点といえるだろう。

 

もう1点、ジョン・カーニー作品の特異点をあげたいと思う。

近年話題になる音楽映画…『ボヘミアンラプソディー』、『ロケットマン』、『イエスタデイ』などの映画の共通点といえば、主人公たちは才能に溢れ、多くのファンに囲まれ音楽家人生を謳歌するサクセスストーリー、ということだろう。

それはそれは華やかな世界の中にいながら、主人公たちは独自の苦悩に悩まされる。
それは我々のようなパンピーには到底わからない苦悩だ。

 

しかしジョンカーニーの映画は違うのだ。

ジョンカーニーが生み出した主人公たちは大成しない。

何物にもならないまま物語は終わる。

見る人からしたら物足りないと思う人もいるかもしれない。


しかし、そこがいいのだ。

すべての物語がサクセスストーリーにはなれない。


そんな音楽に対する華やかな世界だけではなく、シビアな面をジョン・カーニーは描いている。

それも露骨な挫折などではなく、時には恋人、時には家族、兄弟との会話などでそれを表現している。

一見では気づけないほど自然に描いているのだ。


前置きがかなり長くなってしまったが、ここから(やっと)映画の紹介をしたいと思う。

 



ONCE ダブリンの街角で

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恋人に振られ夢も希望も捨て故郷のダブリンに帰ってきた"男"。

昼間は好評なカバー曲を、夜の誰も聞いてないような時間にこっそりと自作の曲を路上で演奏しながら日々を過ごす。

そんなある日チェコ人の"女”と出会い二人は惹かれ合う。

"男"はもう一度本気で音楽をするためにロンドンへ向かう決意をし、レコーディングを開始する。

 

劇中、主人公達の名前は出てこない。

女に振られた"男"とチェコ人の"女"でしかないのだ。

しかしそんなことは全く気にならない。

実際、著者はこの記事を書くまでそのことに気づいていなかった(それもどうなのだろうか)。


物語には不必要な情報がほとんどないのだ。脱線することなく「男と女が出会い、仲を深めレコーディングをする」というストーリーのレールを進む。

この物語の中では主人公たちの「名前」すら不必要なのだ。

 

というのも、この映画は恋愛映画ではなく、そしてミュージカル映画でもないのだと私は思う。

 

ヒロインである"女"は、名前が出てこない代わりに「チェコ人」という情報が何度も登場する。

ダブリンの外れで花を売り、豪邸の家政婦をしながら移民街のようなアパートに家族と身を寄せ合いながら住んでいる彼女。

そして自由でどこへでもいけるのにそのことを忘れてしまった"男"。

この映画はそんな自由と不自由をテーマにした音楽映画なのだ。

 

余談だが、この映画の主人公であるシンガーソングライターの"男"を演じているのは、ジョン・カーニーが所属していたバンド「The Frames」のボーカルであるグレン・ハンサードなのだ。

それだけでこの映画を観る価値がグッと高まったと思うが、劇中の曲はすべてグレン・ハンザードとチャコ人の"女"役のマルケタ・イルグロヴァが二人で共作しているので、ぜひ聴いてほしい。

 


Glen Hansard, Marketa Irglova - Falling Slowly (Official Video)

 

 

 
・BEGIN AGAIN はじまりのうた

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恋人に裏切られ、ニューヨークを去ろうとしていたグレタは、ライブハウスで落ちこぼれの音楽プロデューサーのダンに出会う。

グレタの才能を見出したダンは、アルバムを制作するためニューヨークの喧騒渦巻く中で野外レコーディングを行う。

 

大まかな内容としては先述した『ONCE』にかなり近い。

しかし中身はかなりバージョンアップしているので、どうか「またレコーディングかい、、」なんて思わず観てほしい。

おそらく『ONCE』ではジョン・カーニーの理想は半分も表現できていなかったのではないだろうかと思う(制作費も普通の映画の半分以下だったらしいし、、)。

そのため、この『BEGIN AGAIN』こそが彼の作りたかった映画なのではないだろうか。

主題となっている「BEGIN AGAIN=もう一度」という意味もそこにかかっていたり、なんて考えるとワクワクする(これは完全に妄想)。

 

この映画の素晴らしい所は、まずレコーディングの情景だ。

 

ダンは落ちこぼれで自分が作った会社をクビになってしまう。そのため高額なレコーディングスタジオを借りるお金もない。

なぜ高いスタジオが必要なのか。余計な音が入らないようにだ。

ならば雑音も含めて曲にしてしまおう!とダンは考える。

 

そして車のクラクション、パトカーのサイレン、人々の話し声、地下を走る電車など、ありとあらゆる音が渦巻くニューヨークの街中でレコーディングを開始する。

時にタバコを餌に子供にコーラスをやらせ、時に警察に追われながら録音をするシーンは、音楽ファンでなくてもワクワクしてしまう。

 


Coming Up Roses - clip from the movie Begin Again Keira Knightley

 

さて、ではこの映画はこれで終わり、特に伝えたいこともない、ただアルバム作ってキーラ・ナイトレイマーク・ラファロがちょっと良い感じなるだけか、と思ったらそうではない。

この映画にもただの音楽映画ではない隠れたテーマがあるのだ。

 

マーク・ラファロが演じるダンは正真正銘ダメ親父だ。

過去に大物ラッパーを見出した栄光にすがって酒びたりになり家を飛び出し、あげくにクビになる。娘に酒代をせがむ。

肝心の娘は露出した服を着てビッチのような見た目に。。

家庭は崩壊寸前だった。

 

しかし、グレタと出会いダンは少しずつ変わっていく。

酒をやめて家族と向き合うようになっていく。

娘のバイオレットも年上のグレタと親交を深めていくうちに服装や化粧を改善し、父親を尊敬するようになる。

そしてグレタの曲に1曲ギターで参加したことをきっかけに、父と娘は和解する。

娘がこんなに楽しそうにギターを弾くことを知った時のダンの顔は、父親でありながらどこか友達のようでもあった。

 

一見グレタのサクセスストーリーかと思わせたこの映画は、父と娘の絆を描いているのだ。

父と娘がグレタの曲で共演するシーン↓ 

 


Tell Me If You Wanna Go Home (Rooftop Mix)-Keira Knightley (HD)

 

ほんとにいい。。

 

この映画の楽曲はMaroon 5アダム・レヴィーンが楽曲提供をしており、さらにグレタの元彼役として銀幕デビューもしている。

 


Adam Levine - Lost Stars (from Begin Again)

 

なので劇中歌がすべて良い。

それだけも一見の価値のある素晴らしい映画だ。

 

 

 

・SING STREET 未来へのうた  

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ダブリンに住むコナーは、親の失業をきっかけに県立の高校に転入するが、そこでいじめにあう。バラバラになる家族と憂鬱な学校生活に絶望するが、一人のミステリアスな女の子に一目惚れする。女の子と話すきっかけがほしいコナーは、彼女に「バンドをやっているからMVに出てくれ」と嘘をつく。

女の子を振り向かせるためについた嘘を本当にするため、コナーは学校の冴えない生徒を誘いバンドを組む。

 

まず、この映画の素晴らしい点は曲の多様性だろう。

曲を作ることになったコナーは音楽狂いの兄に相談する。

兄は女を振り向かせるためのレコードを聞かせるのだが、その選曲がまたいいのだ。

MotorheadDuran DuranThe JamThe Cureなど、'70〜'80年を代表する伝説的なアーティストが満遍なく物語を味付けする。

コナーはそれを聴き、ポップ、ロック、サイケデリックなど様々なジャンルの楽曲を作る(素人なのにそんな名曲作れるかなんて意見は野暮だ)。

コナーの心情を表したように様々な曲が劇中を彩り、客を飽きさせない。

また、MVやライブパフォーマンスも曲のジャンルや年代に合わせており、まるで音楽カルチャーの教科書のような映画だ。

 


Up by Sing Street

 

最初は冴えない根暗な少年が、音楽を通してどんどんかっこよくなる展開は、お決まりだがやはりいつ見ても胸が熱くなる。

演奏もやたらと上手くなるし。笑

 


Sing Street - Drive It Like You Stole It (with Lyrics)

 

この曲はロカビリー/ロックンロールを意識したような曲だ。

このシーンは主人公コナーの心境や望みがすべて詰まっていてかっこいいシーンのはずなのに、初めて見たとき涙が止まらなくなってしまった。

 

さて、ではこの映画の隠れたテーマはなんだろうか。

 

この映画は、一見すると女の子を振り向かせるためにバンドを始める青春映画なのだが、本当は違う。

この映画は「兄弟の絆」の映画だ。

 

主人公のコナーが悩み、道を見失いそうにすると必ず兄のブレンダンが登場する。

そしてその時コナーに一番必要な言葉と音楽を渡すのだ。

音楽や女に対して多くを知っているブレンダンをコナーは慕い尊敬し、ブレンダンもまた6歳離れた弟を慕い、時に横暴になりながらも応援する。

 

すべての兄弟が憧れる兄弟像がこの作品には描かれているのだ。

 

さらに隠されたテーマはもう一つある。

 

この映画はジョン・カーニーの音楽映画3部作の傑作と言える。

というのも、この映画にはジョン・カーニーが映画にしたかったことのすべてが描かれているからだ。 

主人公のコナーはバンドを組み作曲をし、自分らでMVを制作する。

先述した通り、カーニーも青年時代バンドを組み自らMVを制作していた。

 

コナーはダブリンという土地に嫌気がさし、ロンドンに行くことを夢見る。

『ONCE』でも描かれた舞台が再び登場したことは偶然ではないだろう。

 そう、カーニーは子供時代をダブリンで過ごしている。

 

つまりこの映画はジョン・カーニーの半自伝的ともいえるのだ。

 

『ONCE』で描ききれなかった物語を『BEGIN AGAIN』で描き、そしてそれまで培った音楽への愛とダブリンという故郷を題材にした映画が『SING STREET』なのだ。 

 

 

 

今回紹介した三人の主人公達は大成しない。たくさんの人の前でライブはしなければ、CDがミリオンヒットになったりもしない。

 

しかし、3人は多くの可能性に溢れながら次の舞台へと進んでいく。

視聴者達は、彼らのその後を想像することができるのだ。

それこそがカーニーが描こうとした音楽映画なのではないだろうか。

 

彼らはその後、音楽をやめてしまうかもしれない。

結婚しそれなりの幸せを掴むこともあるだろう。

または大成し大物歌手になるかもしれない。

 

その可能性の暗示こそが、ジョン・カーニーが導き出した、音楽への愛の答えなのではないだろうか。と、私は思うのだ。 

 

 

(文:ゴセキユウタ)

 

リベラルアメリカの描く愛すべき保守と個人的なロカビリー

アメリカは多元的なイメージと一元的なイメージが交錯している。黒人、ヒスパニック、LGBTの権利向上や差別に対して敏感な側面もあるかと思えば、街中にアメリカ国旗がはためき、「Make America Great Again」というトランプ大統領の力強いスローガンに賛同する人が大多数いる。差別を許さないというマスメディアや芸能からのコマーシャナルすら感じるお題目と同時に、南部では根強く有色人種に対する差別が酷い。リベラルがアカデミズムで跋扈してると同時に保守的な人間も段違いに多い。多元的であるという事実と同時にアメリカのイメージはむしろ対外的には一元的。民主主義の保護者として世界の警察、カルチャーを牛耳る良質なエンターテインメントの数々、強いリーダーシップを誇る大統領の演説…。その一元的イメージが親米も反米を生む。内実は60年代以降多元的になり、最早分断すら生み出しているのに…である。

 

ジョン・ウォーターズという映画監督がいる。アウトロー達を主題にした作品を数多く撮っているアンダーグラウンドの帝王である。

 

猥雑で下品な事に焦点を当てたり、良識派を挑発するかのような作品群から悪趣味の映画監督とも称されるが、彼の根底にあるのは古き良きアメリカンカルチャーに対する根強い愛である。

 

彼の作品は当人のリベラルな気質とは別に白人が主役で街は先述した一元的なアメリカイメージの様相だ。普通のアメリカに変な連中がいて、暴れまくる。良識を壊しまくる。

 

彼が世にその名を轟かせたのは「ピンク・フラミンゴ」という作品だ。巨漢のドラァグ・クイーンが主人公で、下品かつクレイジーなアブノーマルたちが騒ぎを繰り広げるお下劣狂想曲とでもいうこの作品は、アンダーグラウンドのステージを一つ上げた。

 

その一方で、ミュージカルにもなった比較的穏便なストーリー展開の「ヘアスプレー」や「クライ・ベイビー」を出して大衆路線に舵を切ったかと思いきや、あからさまにサイコパスで悪趣味な「シリアル・ママ」や「セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ」いった作品群を出すという天邪鬼っぷりは流石としか言いようがない。

 

映画に出したいのは良識ない奴と良識ある奴の両方であり、白人の住む平穏な郊外にアウトローがいるのが愉快そのものであり、それにより引き起こされる狂想の中で本当に悲しいこと、本当に素晴らしい人をサラッと描いていきながらも最後のオチは悪趣味に仕上げる。その手法はジョン・ウォーターズ流とでもいうべき独特で真似できない(真似したくない)独自技術になっている。

 

70年代以降の規制が緩和されて映画に過激表現の波が押し寄せそのビッグウェーブに乗れた感も些か否定は出来ないのだが、永遠の反逆者ではなく永遠の天邪鬼悪戯っ子とでもいうべきジョン・ウォーターズ監督の作品を是非皆さまにも観てもらいたい。ただ、R指定作品や前述の通り過激な表現もあり最初の作品は穏便なのを選んで欲しい感があるので個人的なおススメを最後に…。

 

「Cry Baby」

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50年代アメリカ。不良少年のクライベイビーはええとこのお嬢様であるアリソンに一目惚れ。また、温室育ちのアリソンも今までに感じたことのない魅力を持つクライベイビーにゾッコン。しかし、周りの大人達は不良とお嬢様の恋愛に大反対で…というのが大まかな流れ。ここでもアウトローVS保守的な郊外という対立構造が描かれている。全編にロックンロールやロカビリーが流れるミュージカル仕立てでもあり、劇中のハイライトで流れてくるロカビリーには痺れるの一言である。以下、トレイラーのリンクでその魅力の一端を感じて欲しい。

  

  

 

 

 

(文:ジョルノ・ジャズ・卓也)